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無意味で乱脈な文章。
まぁブログだから好き勝手やったっていいじゃないか、という。

今日はとても風のぬるい日だった
小春日和と呼んでいいのか戸惑うくらいに、もう春だ。
コートを着るわけにもいかなくて何を着るかを迷いながら
友達であるわんこと外に出た
頭はふらついても手足を動かすのが気持ちいい
凝り固まった筋肉がぎしぎしといいながらほぐれていく
その感覚は生きている感覚だ。
地に足のついた確かな現実だ。

いかにも嬉しそうにわんこは歩いている
たぶんこの生き物と居るときが、一番くつろいでいる時間だと思う
私の方がちょっとだけ人間の社会に詳しいし勝手もわかってるから
紐でつないだり糞を拾ってやったり車に気をつけたりしなくちゃならないけど
これはお世話とかじゃなくて単なる共存のための助け合いに過ぎない。
別にわんこだって分かってれば全部ちゃんとできるはず
ただ彼にとって排泄とは大自然の中で行われるものなのだし
道は好き勝手に走り回るところなのだから、仕方ない。

私にしてみればあまり重要でないところで彼は立ち止まり
至って真剣な表情でじっと壁の臭いを嗅ぎ続けているので
とりあえず私もそれを待ってぼんやりと立ち尽くしている
そこに一体どんな秘密が隠されているのか想像してみてもわからない
でもこれだけ真剣なんだからきっと何かあるに違いない。

歩行者や車に往来に気をつけながら、わんこのもこもこしたおしりを見つめながら、
私の頭の中を無数の文章が通り抜けていく。
きっとそんな時の私は傍からは夢遊病患者みたいに見えてるんじゃないかな、と
切り離された場所から自分を客観視してみたりして
私の脳ってばなんてマルチタスクなの、と賞賛してみたりして
なんの意味もない文章の羅列に浸りながら私は空の色を見る
川の濁った水の表面を見て 風のぬるさを嗅ぐ
でも私の意識はそこにはいない、
そういう確かな感覚の届かない世界が脳の内側のどこかにあって
時々なんの前触れもなくそこに連れ去られてしまうのが私はひどく好きだ

明るくもなければ暗くもない、夕暮れでもなければ午後の穏やかな日差しでもない
なんの名前もついていない空の色と太陽をみつめながら
黄昏がやってくるのをわんこと2匹で待っている
なんて素敵。
僕らはお散歩用のリードでつながっている
それは比喩じゃなくて、リードを通して彼の気分が伝わってくる
あるいはそれは私の妄想に過ぎないのかもしれないけど。
ああこうやってつながりあえるのはなんてしあわせなことなんだろう。
僕たちはセックスをしなくてもつながりあえるんだ。
そのことが私の心を満たしてくれる。
私の心が醜く弱いから現実世界をうまく受け入れられないんだってことは、
分かりすぎなくらいにちゃんと分かっているんだけど。
でもとりあえず今日は訳のわからない春の予感のお陰でとても気分がいい
現実は何も変わっていないのに、どこかに行けそうな予感がする
そういう予感とか気分を大事にしたいんだ。
そういう非現実な世界をまだ捨てたくないんだ。

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